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2005年10月〜11月
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夕間暮(ゆまんざ)の土壁 小浜 司


極寒の地、シベリア、じゃなくて長野から帰って来て、持病の喘息の発作に見舞われてしまった。一度発作が起こると体力が百分の一ほどへ落ちるのだ。しかし11月とはいえやはり寒かった。沖縄が25.6度だというのに、長野はこの時期でも朝方は氷点下である。ここ十年、いや二十年ほど雪も見たこともなければ、氷点下などの土地に存在すらしたことがなかったというのに。
 ここ三年ばかりカフェのマスターやらインターネット三線教室の開設(解説)やらで、とんと酒太り。時々舞台監督なぞもしたりもするがほとんどは泡盛監督というのが実際。
土壁。
かつて沖縄にもあっただろうが、戦後沖縄はアメリカ軍の影響もあってコンクリート一色だ。四角いコンクリートの箱を地上へ置いて、亜熱帯にエアコンございとくる。民間も真似てはみても電気料の高さに家の中で陽炎でも見んものぞと、外で免税ウイスキーを氷で割る。あーあ台風は防げても、防風林のない夕涼みは「気」を家の中に取り入れなくなってしまった。ウチナーの芽はどこへいった。
 私は長野に土壁塗りをして沖縄を告知するために、日本ブロードバンド・ビジネス大賞、eラーニング部門グローカル賞を引っ提げて、本木幸治の踊りとフリージャズをチャンプルーして紅葉の匂いのする柿の実を頬張って朝の散歩で空気は認識しえてもさすがに土は触角にさえ意識されえなかった。例え氷のような冷たさが氷柱となって身体の中を貫き、ストーブの煙が呼び起こした南国の汗腺は、休憩が終わるとTシャツを凍らそうとする体温の甘さが鈍い手足の動きを助長するとしても。この際長靴のサイズなど常識の外のこと。
 すべては私の無意識の甘さから悔恨は生じ、千度の同じ過ちを繰り返すべく、新年の誓いにすらなれなく、ヴィオパークの屋根こそ草の生える春こそを私以上に待ちわびているのだ。歌い、踊り、三線が気分になりその音色は黒焦げの柱の血管となることを。そう、春に私は再び意識的に本木幸治の踊りとフリージャズをチャンプルーして三線に若葉の香りを付与して土壁に奏でたい。
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